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2005/10/30 sTwo

         
     
  しろまさ自画像ヒストリー

某雑誌より。本人のプライバシーのため目元を隠してあります(笑) なぜ士郎正宗氏は本人の写真を公開せずに全て自画像なのか?
それは写真が出て顔が知られてしまうと、本屋で立ち読みしている人の側でさりげなく評判が聞けなくなるからとのこと。 そのため士郎氏の紹介にはご本人の "自画像" がかかせない!ということで、その歴史を紐解いてみました(オオゲサ?)。

すっかり定着した "たこちゅー型" 士郎正宗。りりしいマユゲとつぶらな瞳、とぼけた口元がとてもチャーミング。
大合作/1997/講談社


PSの攻殻ゲームへのコメントのために出没した "フチコマ型たこちゅー"。 ということは士郎氏=たこちゅー=フチコマ!?
ヤングマガジン/1997/講談社
 
士郎氏がCGを扱いだしてからは、もっぱら "3Dたこちゅー" がお目見えすることに。マユゲ濃すぎ〜。
ヤングマガジン/1996/講談社

すっかり疲れ果てて放心状態の士郎氏。ハチマキ(ネクタイ?)を巻いているためか、チャームポイントのマユゲが隠れている。 よく見ると足が9本あるので、実はタコではないのか!?
ドミニオンC1/1995/青心社

コミックガイアにてアップルシード5の連載が中断し、変わりにドミニオンC1がスタートした時の士郎氏。 よほどの罪悪感か、批難の矢や剣から隠れている。
コミックガイア13/1992/青心社

同上、アップル5の連載が中断した際の士郎氏。よっぽど辛かったのか…
コミックガイア13/1992/青心社
 

INTRONDEPOT 1 が発売された直後の士郎氏。ID1は画集ではなく過去のカラーの仕事を集めたもので、士郎氏にとってはアルバム的存在。 そんな思い出の沢山つまったものが出版されて、 "感無量なたこちゅー" の図。
コミックガイア11/1992/青心社

非常に多忙な時期から回復した "復活たこちゅー" の図。 この頃はアップルシード5に攻殻機動隊2、蜂の惑星、ID1と多量の仕事を抱えていた士郎氏。
コミックガイア10/1992/青心社
 
で、これがその超多忙な時期の "ノックダウンたこちゅー"。すっかり疲れ果てて、ペンまで折れるありさま…
コミックガイア9/1992/青心社

コミックガイアにてアップルシード5『アルテミスの遠矢』が連載スタートし、 "やる気マンマンたこちゅー" の図。 それとも忙しさに憤慨しているのか…?
コミックガイア8/1992/青心社
 
これが超初期型の "初期型たこちゅー"。足や顔の表情は全てこの形で統一されている。
オリオン/1991/青心社


おそらくこれがメディア初登場(?)の "たこちゅー" 。 誕生のきっかけとなったのが、オリオン最終回の九頭龍崩壊の場面。 よ〜く見ると顔が異なるたこちゅーも存在する。
コミックガイア6/1991/青心社

ちなみに "たこちゅー" 初登場以前に、人間の姿以外として士郎氏が登場していると見られる場面。 よくみると鋼鉄はがね氏も友情出演しているので間違いないかな?
コミックガイア5/1991/青心社

 
ハードボイルド風の士郎氏。これが士郎氏の人間として最後の姿になろうとは…
攻殻機動隊1/1991/講談社
 
さすらいの士郎氏。人間の姿であっても、目元はりりしくマユゲも立派。
コミックガイア3/1990/青心社
 
コミックガイア創刊号に登場の士郎正宗氏。どことなくオリオンのスサノオに似てる?
コミックガイア1/1990/青心社
 
唯一マトモであろう(失礼)士郎氏の自画像。 それでも頭にネジは刺さっているは、おでこには窓が開いて中から小人が覗いているわのありさま。 実は、小窓の住人が士郎氏では…?
マンガ基礎テクニック講座/1989/美術出版社
 
押井守氏との対談で玉砕(?)する士郎氏。
「印税生活で呆けるハナタレ小僧 士郎正宗氏。彼の心は重鎮され、隅々しい。」とは自虐過ぎ?
B-CLUB18/1987/バンダイ
 
士郎氏が自論を繰りひろげるあまり、とうとう殻に閉じこもろうとしている図。 「こうして人間は戦車となるのであった(チャンチャン)」
ドミニオン/1986/白泉社
 
インタビューの席においても迷彩服を身にまとい、自分の殻を築いているのか?士郎氏曰く「ナイトライターしろまさ」。
B-CLUB8/1986/バンダイ
 
同人時代に初登場の士郎氏(!) 。丸い顔にゲジゲジマユゲは変わらず。
ATLAS11/1982/アトラス
 
…ちなみに、同人誌時代士郎氏は仲間内からは、吾妻ひでお氏の作品に登場する「のた魚」に似ていると言われていたらしい。

 
     
         
     
   
名前 : 士郎正宗(しろうまさむね)
Name : SHIROW MASAMUNE
誕生日 : 1961年11月23日
血液型 : A型
出身 : 兵庫県 神戸市 東灘区
学歴 : 大阪芸術大学 美術学部 油画科


嘉門達夫じゃないよ。:-P

 父親がデザイン関係の仕事をしていたという環境のため、おむつをしていた1歳の時から既に絵を描きはじめる。 当時神戸にいらした洋画家 鈴木清一氏に12歳まで絵を教わる(「こどもアトリエ」?)。

 実際にデッサン力を身につけたのは、 大阪芸術大学在籍の頃に朝から晩まで死ぬほどデッサンをやらされたためとのこと。 絵の具にするために海岸に石を拾いに行ったりしたとか。

 デッサンのみの暗い青春時代を送っていたわけではなく、スポーツもけっこうやっていたらしく、柔道は黒帯を持っているそうな。

 生物学的な知識も豊富で(「月刊むし」を読んでいた時もあったとか) アップルシードの多脚砲台や蜂の惑星、MACHINE HEAD等、メカニックデザインにその影響は色濃く出ている。 またメカニックの機能的考察癖(笑)は、元・名(迷)アシスタントの鋼鉄はがね(本名:高杉雄大)氏との関係も一役かっていたようだ。

 そんな士郎氏、大学時代に姉の秋本ルネ嬢がちょくちょく出入りをしていた漫研 「漫画研究団体アトラス」 に遊びに行ったら、 どっぷりハマってしまったそうな。この頃からマンガを真剣に描きはじめたらしい。

 漫研アトラスが発刊する同人誌「ATLAS」のVol.7 から 『黄金炎柱祭』 を連載開始し、絶大な人気を集め、 「アトラス」=「士郎正宗」という位置付けを確立させた。 士郎氏の才能を開花させた影の立役者、アトラスの杉原貴和氏の協力の下、 個人誌発刊に向け 『マジック・キャラバン』シリーズを描きはじめるが、 最終的にはかの名作 『ブラックマジック』 と名を変えて世に誕生する。

 この個人誌が、大阪の出版社青心社の社長である 青木治道氏の目にとまり、プロデビューへと花開いていったのである。


…あとの士郎氏の活躍ぶりはみなさんご存知ですよね!
何か他に面白い話を仕入れたら、随時追記していきまーす。

士郎正宗氏の仕事机。当時の仕事内容が判る
B-CLUB8/1986/バンダイ

士郎正宗氏のお部屋大公開!…よく見ると鋼鉄はがね氏が
マンガ基礎テクニック講座/1989/美術出版社

 
     
         
     
  しろまさサインの歴史

士郎正宗氏のサイン − いつ頃からご本人は書いていたのだろう?

ということで調べてみると、意外や意外、『アップルシード』 が世に出る以前からサインは書いていたようです。 聞くところによりますと、同人誌版 『ブラックマジック』 にサインをして売り歩いていたとのこと。

まず最初のサインは、1982年9月発行の同人誌「MIYAKO」の付録ピンナップに書かれていたサインです。 筆跡の角もシッカリと、丁寧に書かれています。

次のサインは、1992年2月発行の雑誌 「STUDIO VOICE」 の対談ページに印刷されていたサインです。 現在のサインに近いですが、 "宗" から伸びる円がちょっと大きいかな。

最後のサインは比較的新しく、『攻殻機動隊2 MANMACHINE INTERFACE』 の発売記念で書かれていたものです。 筆跡の角も丸く、大量生産向きといえましょう(笑) 最後の "点" は何だろう、癖なのかな…?

 
     

BBS  / mailto: stwo@hamal.freemail.ne.jp


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